新井建設ってどんな会社?

新井建設社長 新井与四和(あらい よしわ)プロフィール

写真1 新井 与四和(あらい よしわ)
一級建築士・住宅ローンアドバイザー・耐震技術認定者

東京都福生市出身
都立立川高校・東京理科大学理工学部建築学科卒業。

大手建設会社を経て、平成8年より新井建設で設計・現場監督を担当。
平成18年4月、先代より事業を継承し、有限会社新井建設の2代目社長に就任。

生い立ち

昭和45年5月22日 
東京都昭島市で大工の棟梁 新井与四継(あらいよしつぐ)と和子の長男として生まれました。
両親から字をもらって、与四和と名づけられました。
両親ともにクリスチャンだったので、聖書に登場するヨシュアにあやかって、読みを「よしわ」とされました。初対面の方で「よしわ」と読まれることは、ほとんどありません。

現場で育った幼少期

小さい頃、お父さんの匂いが好きだった。大工の父は毎日現場から帰ってくると気の香りがしていた。埃と汗と木の匂いがするお父さんが大好きだった。

お父さんの現場に一緒に行けるのが嬉しかった~。
子供なのに一人前の気分。冬は現場に着くと、まず木っ端と木屑で一斗缶で火を燃して、手をかざしながら父は他の職人さん達と今日の作業の確認をする。「さあ、やるか!」と言ってみんなが大きなゴツゴツした手で僕の頭をゴシゴシと撫でてから、持ち場へと散る。
「お前は火の番な、気をつけろよ」なんて言われたり。

現場での・お十時と・お三時が楽しみでした。仕事中は真剣で怖い顔の職人さんたちの素顔が見える。よく日焼けした黒い顔のオジサンたちが、笑うとシワシワの顔になる。「お前は父ちゃんの跡継ぎなんだから、頑張れ。父ちゃんに負けないような良い大工になれよ。」っていつも言われていた。小さな子供でも自分の存在が認められている実感があった。それが心地好かった。

いい家づくりを目指すも、夢破れ

他所の釜の飯を食わないと、自分が見えないし、世間様を知ることは大切。という理由から大学を卒業後、東京都内の大手建設会社にお世話になりました。芸能人のお宅も手がけるような高級なセンスの良い住宅を造っていたことと、経営者の人柄に一目惚れして志願したのです。
でも時代はバブル崩壊後で景気は最悪でした。入社して間もなく、高級住宅路線は関連不動産会社の建売住宅へと方向転換し、思い描いていたお客様に喜ばれる家づくりは、お施主様不在のハコ物作りに変わってしまいました。
仕入れた敷地にどれだけ上手に多くの住宅を詰め込むか、いかに早く安く仕上げるか、そこに家への想いを挟む余地は無くなっていったのです。

再出発だ!

一方、父の家づくりは景気に左右されず、常に一棟入魂で年に1~2棟。
規模は小さくとも、相変わらず職人さんたちは誇りを持って働いていた。正直言うと悔しかった。オヤジに負けない家を造るつもりで、勉強して一級建築士の資格も取り、高級住宅を得意とする会社に入社したのに。このままでは志が腐ってしまうような焦りを感じていたのです。
5年もしないうちに帰るのは嫌だったけれど、父に相談して、新井建設に入社して一からやり直すことになりました。

職人さんたちは、「学士様がいれば、仕事も増えるよな」
「大体の2代目は凡々だから会社を潰す。そうならないように頑張れ」なんて言って私をからかいました。
「お父さんは裸一貫から会社を興して、ここまで築いたんだから、あなたは楽なのよ。朝早くから夜遅くまで埃まみれにならなくて良いんだから」と母はよく言っていました。
みんな口は悪いけど、若い跡継ぎを応援してやるぞって気持ちが感じ取れ、心強かったです。

「企業理念」へ>>>

ページ最上部へ